TOP
54.02score

zzhohei

近年、クソゲーのハードルがだんだん下がっているような気がする。本当にどうしようもないゲームのみがクソ

近年、クソゲーのハードルがだんだん下がっているような気がする。

本当にどうしようもないゲームのみがクソゲーと言われ、辛うじて楽しめるゲームなんかは逆に評価されるのが正しいクソゲーのあり方だった。

たけしの挑戦状は例外で、当時の評価を覗くと、何をすればいいかわからないが自由に動けて楽しいという評価さえもあるが、スペランカーやカラテカなどと一緒で一度ついた評価は覆らず、10年に一度のクソゲーとまで言われてしまった。

何をすればわからなく、楽しくもないゲームといえば星を見る人で、こちらはストーリーが評価されてクソゲーから外されつつあるがそもそもストーリーを見せて貰えるほど甘くない。

近年に入り、クソゲーも進化の一途を辿ることになる。例えば、制作費を掛けまくったのにちっとも面白くなかった。
特典のフィギュアが気持ち悪い、そもそもゲームである必要がないのでゲームとして評価を下すのは怪しい作品など、ゲーム以外の面でも評価される事が多くなったように思われる。

クソゲーを毎年選出するクソゲーオブザイヤーには「よほどクソな作品以外は挙げないでください」といった記述があるが、近年のクソゲー傾向はどちらかといえばFCのころから何の進展もない

シリーズ物の最新作はとりあえずクソと言われる。
全体的に見れば十分評価に値するが、一つ抜けた所を拡大され叩かれる。

こういった風潮はゲームに留まらず、実社会においてもネットの広がりと共に増えたが
そもそも、クソゲー愛好家の考え方とは違う。

クソゲー愛好家はクソであるクソゲーを愛するので、何かクソゲーではない要素が見つかると排除される。

クソゲー愛好家あるいは本当のゲーマーからすると、にわかゲーマーや素人が安易にクソゲーと口にすると、至極許せないのである。

例えば、スペランカーはすぐ死ぬのでクソと呼ばれるがゲーマーには関係なく、そもそもそういった制約のあるゲームを糞呼ばわりするのであれば知的障害者と思われても仕方ない。

まず、クソという言葉は毒のある言葉である。

話のネタに悪い言葉を使うのが効果的であるのは確かだが、毒のある言葉の使い方を心得ない人間が増えた現代社会において

ゲーマーであるという理由だけでクソゲーの話題を振られることがあるが、本質をわかっていない話をされることが多く、非常に鬱陶しい。

今一度、クソゲーの話題をする前に、自分の普段の言葉遣いも含め、改めてみてはいかがだろうか?

.

最終更新日:2014-02-01 21:15

コメント (4)